アメリカ大陸に最初に上陸した記念すべき MANGA 『おれは見た』

MANGAとANIMEの2語は、現在ではアメリカやイギリスの英語辞典にも載っているほどです(最近じゃオックスフォード英英辞典に otaku とか hikikomori とかも載っているから驚かされるが…)。しかし、これまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

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今回は、アメリカに上陸した最初の MANGA の一つである "I SAW IT" という作品をご紹介しましょう。

これは1972年に「別冊少年ジャンプ」に載った『おれは見た』という読みきり作品の英訳版で、アメリカでは1982年に刊行されました。この『I SAW IT』こそ、アメリカに上陸した最初の日本製マンガです。

今回「MANGA王国ジパング」では、その "I SAW IT" を入手!(日本でこれを持ってる人って、100人いないんじゃないだろうか? ちょっと自慢である) アメリカにおけるMANGA出版の険しい道の、最初の一歩を踏み出したMANGAであります。


↑これが記念すべき First Manga じゃけんのう!

恐らく多くの日本人は、アメリカの地を最初に踏んだ日本製マンガが『鉄腕アトム』とか『ドラえもん』とか『ドラゴンボール』とかではなく、原爆マンガの『おれは見た』とその連載版である『はだしのゲン』であるという事実に驚かれると思います。実は、アメリカという国は移民国家のくせに、他国の文化を受け入れるのが下手という不思議な国家です。1963年に『鉄腕アトム』のアニメがアメリカに進出したときも、手塚治虫の原作マンガは出版されず、代わりにアメリカ人が描いた酷い絵のアメコミ版『アトム』が出版されました。手塚治虫が言うには

ぼくの原作のアトムは、なにしろそのまま使えないのである。下駄を履いた人物や、タタミの家なども出てくるので(『手塚治虫エッセイ集1』講談社、208頁)

ということで、言い換えれば、下駄を履いていたり畳が出てきたりするだけで、アメリカでは受け入られがたかったわけです。アメリカが外国の文化を受け入れるのが下手だと言ったことに、頷いてもらえるのではないでしょうか。

(まあ、日本もあまり偉そうなことは言えないですけどね。日本は昔から外国の文化を取り入れるのが上手いなんて言われますが、車、家電、マンガ、ゲームといった所謂「お家芸」に関しては、日本は非常に閉鎖的ですね。マンガが大好きな人でもアメコミは読んだことないって人もいくらでもいるし、XBOXなど「洋ゲー」のシェアは他国と比べてものすごく低いし、この間まで世界一の携帯電話メーカーで世界的には超有名だった「ノキア」なんて、日本じゃ見たことありませんもんね)


↑1960年代当時の、アメリカ人の手によるアメコミ版アトム

というわけで、アニメが1960年代から世界各国に進出していた一方で、マンガは世界、特に欧米には全く進出していませんでした(アジアには進出していたが、ほとんどが海賊版だったらしい)。なので、この『おれは見た』や『はだしのゲン』も、商業目的で出版されたのではなく、Edu Comic(edu…education(教育)のこと)というレーベルで日本のボランティア団体 Gen Project があくまで教育目的で出版したものでした(巻末に「学校で使いたい先生はご連絡ください」みたいなことが書いてあった)。『アトム』などではなく、原爆マンガである『おれは見た』と『はだしのゲン』がアメリカの地を最初に踏んだ日本製マンガになったのには、このような理由があったのでした。

教育目的とはいえ、この『おれは見た』にはアメリカで流通させるために様々な工夫がなされており、スタッフの苦労が偲ばれます。

重ねて言いますが、これは「別冊少年ジャンプ」に載った読みきりです。そして、アメリカでは、雑誌に乗ったのではなく、単独で発売されています。「え? 読み切りをどうやって雑誌以外で発売するの?」と思われた人もいるかもしれません。まず、そこがミソです。

アメリカには日本のようなマンガ雑誌はありません(少なくとも、日本のマンガが進出するまではなかった)。アメコミは、1つのマンガが通常B5くらいのサイズで、32ページの薄い冊子にされて毎月発売されます。日本のように、沢山のマンガを1冊に集めた300ページも400ページもするような雑誌は、少なくともアメリカには存在していませんでした。

この『I SAW IT』も、アメコミ同様、冊子形式で発売されました。読みきりなので、薄い冊子で発売するの形式はむしろ好都合だったかもしれません。このアメコミ形式で発売するという手法は、後の Viz Communications なども採用することになります。

日本のマンガは基本的には全て白黒ですが、アメコミは基本的にカラーです。アメリカでの流通形式にあわせるために、この 『I SAW IT』はなんと全てカラーで出版されました(図1)。カラーと言っても、もともと白黒だったものに後から色指定で着色しており、お世辞にも綺麗とはいえません。しかし、なんとかアメリカで流通させようという苦労が感じられます。


↑図1:上が日本版、下が北米版。
北米版はカラーで出版された

さらに、日米マンガの大きな差の一つとして、読む方向が挙げられます。日本のマンガは右から左に読みますが、当然アメリカは英語なので左から右に読みます。一応断っておきますが、これは単に文字の方向のせいです。日本語は縦に書くときは右から左に書きますが、英語に縦書きは存在せず、左から右に書きますので、本は左から右に進みます。当然アメコミは左から右に進むのです。

日本語を全く知らない西洋人は、日本の右から左に読む本を見たら必ず驚きます。日本人は左から右に読むのも右から左に読むのも慣れていますので、西洋人が本の閉じ方で驚くということに逆に驚かされるのですが、とにかく、西洋人は右から左に読むなんていうのを想像も出来ないのです。日本人も、アラビア文字が右から左に横書きすると聞くと大抵驚きますが、それを大げさにしたと思ってください。最近ではマンガの影響で日本語が右から左に読むということを知っているアメリカ人も少なくありませんが、少なくとも10年前までは、そんなことを知ってるアメリカ人はほとんど存在しませんでした。(欧米で日本語を習っている人は、99.9%横書きのみを使って日本語を勉強している)

そこでどうしたか。後に日本のマンガの本格的アメリカ進出が始まったときには、左右を丸々反転するという手法が使われるようになりますが、この『I SAW IT』では、少々奇妙な方法がとられています。反転する必要があるコマだけ反転し、あとはコマの配置だけを入れ替えるという、大変であっただろう作業がなされています。

どういうことかと言いますと、上の図1のように会話シーンじゃない場合などは左右反転しなくても左から読む際に問題がないので、反転されずにそのまま使われています。一方で、下の図2のような会話シーンではそのままでは左から読む際に会話が成立しないので、反転されています。つまり、コマ一つ一つについて、反転するかしないかを決めているのです。これは骨が折れそうな作業ですね。


↑図2:会話シーンは反転しないと成り立たなくなってしまう

同じ手法は『はだしのゲン』にも引き継がれました。例として『ゲン』の1ページを紹介しましょう。

画像
↑図3:赤丸のコマのみ反転してある(クリックで拡大)

なぜ全ページ全体を単純に反転させないで、コマ一つ一つを反転させるかさせないか決めて、コマの位置を配置しなおすということをやったのかはわかりませんが、おそらくは原作の絵を出来る限り変えたくなかったのではないかと思います。

さらに、図3の右下のコマに "DAYS PASS..."(数日後…) という日本語にはないナレーションがあるのに気づかれたでしょうか? 日本では、キャラクターがいない遠景の背景を描けば、時間が流れたということが表現できます。我々日本人は、自然とこの背景をそういう意味で理解しますが、日本のマンガに慣れていない人はその意味がわかりません。

文法がわからないと外国語が理解できないのと同様に、マンガにはマンガなりの文法が存在します。その文法は、小学校入学前からマンガを読んでいるようなマンガネイティブスピーカーである我々には当たり前のことで普段意識されませんが、ノンネイティブにはこの最終コマの太陽が意味するところがわからないのです。そういうマンガ文法の壁を越えて、出来る限りアメリカ人に読みやすいようにしようとした当時の出版スタッフの試行錯誤がありありと見受けられます。

あと、日本のマンガの大きな特徴に擬音(オノマトペ)があります。現在では日本のカタカナの擬音がそのまま使われていることの方が多いくらいなのですが、この『I SAW IT』では当然英語に書き直してあります。これは当然と言えば当然で、現在でも北米版『Shonen Jump』などを刊行する最大手 Viz Media は擬音を全て英語に修正して出版しています。これは個人の好みによるでしょうが、私は綺麗に直してありさえすれば、英語に直してあるほうが好きですね。


↑英語で書き入れられた擬音

さらに、これは実際にこういうマンガを描いたことがある人か翻訳作業をしたことがある人じゃないとなかなか気が付かないと思いますが、日本のマンガは縦書きですので、大体フキダシは縦長になります。そして、キャラクターの感情によってギザギザしたり、震えたり、様々な形になりますが、アメコミの場合は横書きで、日本ほど形にバリエーションもありません。そして、何より小さくて狭いです。


↑アメコミの噴出しはこんなに横長で狭い

日本の縦長の噴出しに横書きのセリフは入れづらいですし、その上アルファベットである英語は漢字を使う日本語より文字数が多くなることが多いので、自然な感じにするには、フキダシの形を書き直す必要があるのです。


↑噴出しの形が修正されているのがわかる

『はだしのゲン』にしろ『おれは見た』にせよ、あくまで教育目的での出版であり、日本のマンガをアメリカに広めようという意図からのものではありませんでしたが、それでも必死でアメリカの読者に読んでもらおうとする苦心がこの薄い冊子の中ににじみ出ています。

ここで紹介した、「冊子形式での販売」「反転」「着色」「擬音の英語化」「噴出しの書き直し」といった手法は、2012年の現在では「擬音の英語化」を除いてほとんど行われていません。しかし、このような努力があったからこそ、現在のアメリカでの MANGA の地位があるといえるでしょう。

この記事で何度も「MANGA」という言葉を用いましたが、当然1982年ですから、この『I SAW IT』では MANGA という言葉は一言も用いられておらず、作中でも「マンガ」は「comic」、「漫画家」は「cartoonist」と表記されています。現在では日本のマンガは「manga」であり、マンガ家は「manga-ka」や「manga artist」などと呼ばれていますが、そこにたどり着くには、このような試行錯誤があってこそのことだったのですね。

『I SAW IT』は、日本でもアメリカでももう知る人もほとんどいないようなマンガですが、欧米に最初に上陸したマンガとして残した一歩は、一つのマンガには小さな一歩でも、日本のマンガにとっては偉大なる飛躍だったと言えるのではないでしょう。

「MANGA王国ジパング」は、今後も COOL JAPAN を応援します!

ではまた!

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この記事へのコメント

てつ
2012年05月29日 00:34
はだしのゲン。懐かしすぎる。
小学校の図書室で読んで何とも言えない気分になったのを思い出す。
アメリカでも出てたのは驚きです。原爆の悲惨さは伝わる作品だけに
皆に読んで欲しい一品ですね。
えい
2012年05月29日 03:36
いい記事ですね
やっぱり
2012年05月29日 03:45
朝鮮進駐軍のくだりはカットされてるのかね?
 
2012年05月29日 04:18
物語タイプの翻訳では見本のような丁寧さだな
美麗な絵を見て楽しむタイプだとまた話は変わってくるけど
ギャバン
2012年05月29日 06:03
すごいな、ここまでやってマンガを読ませようとした人たちがいたんだな。
 
2012年05月29日 07:38
子供の頃、市民運動に熱心だった母親に映画に連れて行かれて、
トラウマになったぜ!
 
2012年05月29日 09:03
まさかアメリカ初の漫画がはだしのゲンとは…
良く受け入れられたもんだね
職人芸ですなあ
2012年05月29日 09:59
こう・・原作を壊すまいという発想の上での大胆な再構成って部分が職人芸ですね。
画をたしなむ人なら痛感するであろう「反転デッサン崩れ」も大きな障害だったと思います。
悲しいかな近代のMANGAの一部は反転すると目も当てられないでしょうに・・・。
(だから反転操作を止めたのではないかと邪推してしまう)

また、MANGAのお約束というやつも
言われてみればそうなんですよね。
私は子供の頃、兄貴に「マンガの読み方」を教えてもらったのを思い返しました。
画を記号的に意味づけて脳内変換する作業は「漢字」にも似てますね。
今の子供達はいつ頃から、誰から教わるのでしょうか・・・?
 
2012年05月29日 16:04
よりによって、はだしのゲン・・・。
みんなこれ読んでトラウマになるんだよなw
じょー
2012年05月29日 19:37
当時読んだアメリカ人の感想が見たいなぁ
Mari
2012年06月09日 16:36
1982年、『はだしのゲン』をアメリカで最初に出版したのは、
現在シアトル在住のLeonard Raifas という人です。
Edu-Comicは彼の造語です。
私は、2001年、SeattleのCollageで、
彼の授業に出ていました。
ルミエール兄弟にはじまる
映画の歴史を学ぶ授業でしたが、学期最後の授業で、
『はだしのゲン』のアニメ映画をクラス皆で見ました。
学生は80人ほどのほとんどがアメリカンでしたが、
原爆投下後に実際に起こったことを、
彼らのほとんどは知りません。
鑑賞後のデスカッションで
彼らの受けた衝撃の
大きさがわかりました。
ほとんどショック状態の学生も
いました。
このような形で、教育をしているアメリカ人の方がいる
ことに感銘を受けました。
センター前田
2019年06月28日 12:23
原爆資料館の土産物コーナーで売っちょったけえ、わしも持っちょるど。