北米版『ドラゴンボールZ』の翻訳が酷すぎる 北米のアニメ翻訳事情①

海外版アニメを語る際に、決して無視できないものが「翻訳」です。というより、海外版アニメの研究は、「どう翻訳されているか」の研究がほとんどだといっても過言ではありません。というわけで、今回は翻訳の話を。

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日本人は明治以降、翻訳と言う作業には実に真面目に打ち込んできました。ハリウッド映画を訳す際に、もとの英語を無視してデタラメなセリフを作るなんていうことは、日本人には想像しがたいことです。

そのため、おそらく多くの日本人は、海外で日本のマンガやアニメが訳されるときも、日本のセリフがそのまま外国語に訳されているのだと思っていることでしょう。そう、日本人がハリウッド映画を訳すように。しかし、事実は日本人の想像を遥かに超える事態になっていたのです!

今回は、北米版『DRAGON BALL Z Season 1』に収録されている第30話『限界を超えた熱い戦い! 悟空対ベジータ』(英語タイトル『Goku vs Vegeta』)を例に、北米における「翻訳作業」の実態を見てみましょう。


↑今回使用した北米版DVD-BOX。
翻訳が酷いと知りながら購入する自分も自分だ。
そして、なぜ1巻なのに悟空じゃなくベジータ…

ついに対峙する悟空とベジータ。戦いを前にした2人の会話の日本語版と日本語版を比べることにしましょう。

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日本語
ベジータ:
「喜ぶがいい。
貴様のような下級戦士が、超エリートに遊んでもらえるんだからな。
サイヤ人は生まれて直ぐ戦士の素質を検査される。
その時の数値が低いクズ野郎が
貴様のように大した敵のいない星へ送り込まれるのだ。
要するに貴様は落ちこぼれだ!」
英語
Vegeta:
Kakarot, I have a proposition for you.
 カカロット、貴様に一つ提案がある。
I'm only going to say this once, so listen carefully.
 いいか、一度しか言わないからよく聞けよ。
I, Vegeta, Prince of all Saiyans, would like to offer you, Kakarot, the opportunity to stand beside me in this conquest.
 このサイヤ人の王子であるベジータ様が、カカロット、貴様にオレの世界征服の片腕として働くチャンスをやろう。
With Nappa gone, I could use a good man.
 ナッパがいない今、有能な奴がいれば使ってやってもいいと思っている。
Think about it.
 どうだ。
We would rule the planets.
 オレたちで宇宙を支配するのだ。
You could have anything you desired.
 望むものは全て手に入れることが出来る。
There's no one in the universe that could touch us.
 この宇宙で誰一人としてオレたちに逆らう奴はいなくなる。
Nothing would be out of your grasp.
 全てがお前のものになるんだぞ。
Well, what do you say Kakarot?
 さあ、どうだ、カカロットよ。

見ての通り、全く違いますね
落ちこぼれの悟空は超エリートである自分には絶対勝てないという日本版ベジータ。
一方、ドラクエの魔王のように「仲間になれ」と言う北米版ベジータ
悟空に対する評価は日米でまったくの逆! さあ、悟空はそれぞれにどう答えるのか?

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日本語
悟空:
「そのおかげでオラはこの地球に来られたんだ、感謝しなきゃな。
それによ、落ちこぼれだって必死で努力すりゃエリートを越えることがあるかもよ?」
英語
Goku:
I have everything I could ever want right here on Earth.
 オラが欲しいものなら、全部この地球にあるんだ。
So, I'll have to say, no thanks.
 だから、せっかくだけど断るぜ。
Besides, I've seen how you treat your partners, not much job security.
 それによ、おめぇが仲間をどう扱うか見たばっかりだからな。
 あんま安定したいい職場じゃなさそうだ。

「落ちこぼれでもエリートを越えられる」と言い返す日本版悟空。
他方、雇用環境を気にする北米版悟空。

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日本語
ベジータ:
「ふっふっふっふ! 面白い冗談だ。 
では努力だけではどうやっても越えられぬ壁を見せてやろう」
英語
Vegeta:
Ha ha ha. Alright then, so be it. You had your chance.
 ハハハ。 いいだろう。好きにしろ。 後悔するなよ。

とまあ、このように、日本語と英語では、同じ箇所が一箇所もないほどセリフが異なっているわけです。日本じゃ、こりゃ普通「翻訳」とは言いませんね。以前『Z』ではなく『ドラゴンボール』の翻訳も紹介しましたが、それもひどかったですね。

こんなのを見ると、『ドラゴンボール』シリーズの翻訳が特別ひどいんだろうと思うでしょうが、そんなことありません。これが普通です

以前北米版『ルパン三世 カリオストロの城を紹介しましたが、これに負けず劣らず、いやこれよりも遥かにひどい翻訳でしたから。私はこのようなデタラメでトンデモない翻訳を、「翻訳テロ」と名づけました。

なんでこんなことになっているのか。日本のセリフがアメリカでの放送にそぐわなかったり、現地受けを狙って意図的に変更した、なんてものではないはずです。
絶対に問題があるはずがなかったり現地受けに関係なさそうなセリフがバシバシ変えられ、日本語に忠実なシーンの方が遥かに少ないんですから。問題ある台詞を変えたり、現地受けする台詞に変えたりするだけなら、こんなにも変えまくる必要はないはずです。

私はスタッフが日本語をわからなかったんじゃないかと思っています。あくまで憶測ですが、おそらく間違いない。日本語がわかるスタッフならば、絵に合うようにセリフを作り変えるより、忠実に訳すほうが遥かに作業が楽なはずです。

「日本語がわからないのに日本のアニメを訳す!?」 日本人には理解できないことだと思います。

日本人は全員義務教育で最低限度の英語は教わるので、どんなに「英語がわからない」と言っても My name is Taro. も言えないような日本人はいません。当然英語がわかる日本人は山ほどいますし、話せなくても辞書を引きながらなら映画のセリフを翻訳できる人なら、数百万人~千万人単位でいるのではないでしょうか(日本語を英語に訳すのは出来なくても、英語を日本語に訳せる人はそれぐらいはいると思います)。なので、ハリウッド映画をデタラメに訳すなんていうことは日本では考えられません。

しかし、アメリカを始め、英語圏は違います。英語圏で暮らしたことがある人なら、彼らが外国語にいかに無関心であるかに驚いたという人も少なくないのではないでしょうか。また、外国で暮らしたことがなくても、英語圏出身の外国人で、日本に暮らしながらも全て日本語を全く解さず英語のみで過ごそうとしている人を見たことがある人も多いのではないでしょうか。これは個人的印象ですが、英語圏出身者は母語で世界中どこでも通じるので、外国語を学ぼうという意欲がある人が少ないように思えます(もちろんドナルド・キーンさんやサンデンステッカーさんを始め、日本人以上に日本語が上手く日本を愛してくれるアメリカ人もたくさんいますけれど)。

私はオーストラリアに留学した経験がありますが、特にイギリス系移民の子は英語以外の言葉に興味を持っていないように感じました。日本語のクラスというのがあったのですが(オーストラリアで一番人気の外国語は実は日本語なのだ!)、何年も日本語のクラスにいながら、平仮名もまともに読めない生徒も少なからずいました。よく「日本の英語教育は遅れている」とか「日本人は何年も英語を勉強しているのに全く話せない」とか言って日本の英語教育批判をする人がいますが、少なくともオーストラリアの日本語教育に比べたら、日本の英語教育は遅れてもいないし非実用的でもないなと思いました。

また、2012年4月8日の朝日新聞で「慢心の米国で 受験英語ですがパードン?」という記事があり、このようなことが書かれていました。

さて、日本が行きすぎた英語劣等感の国だとしたら、最近の米国は、英語慢心の国と言うべきかもしれない。元ハーバード大学長で米財務長官も務めたローレンス・サマーズ氏(57)はその代表格だ。最近もこんな提唱をした。
 「英語はいまや世界言語となった。アジアでの商談もアフリカでの治療も中東での和平協議も、みな英語でこと足りる。米大学はこの先、もう手間のかかる外国語教育に励む必要がなくなるだろう」
 何という尊大な言語観だろう。英語を他の国々に押しつけて平然としている。軍事でも通貨でも凋落著しい米国なのに、こと英語に限ってはずいぶんな威張り方だ。ローマ帝国の最盛期でも、ここまで傲然(ごうぜん)とラテン語を誇った人物がいただろうか。
 こういう方には、ぜひどこかまったく英語の通じない国で、3年ほど七転八倒してみていただきたいものである。」

少々余談ですが、先日本屋で見かけた某英語本のオビにも「日本人の9割はヘンな英語をしゃべっています」と書いてありましたが、それを見て私は「アメリカ人の9割は日本語を一言もしゃべれないやんけ」とつっこんでしまいました。英語が事実上の世界共通語なのは認めますが、英語をしゃべれるだけで偉そうな態度をとるネイティブスピーカーはいやだなあ。(※英語のネイティブスピーカー全員が偉そうだって言ってるわけじゃないですよ)


↑ヘンな英語の何が悪い…と私は思った

まあ、とにかく、日本語を理解するアメリカ人なんてほとんどいません。ローランド・ケルツ著『ジャパナメリカ』(ランダムハウス講談社刊、2007年)によれば、1977年に『ガッチャマン』がアメリカで翻訳された時なんて
「スタッフは、誰一人として日本語を読むことも理解することもできなかった」
らしく、
「映像だけを見てストーリーを解釈し」
「登場人物の口の動きに合う英単語を選ぶ」
という作業を行ったそうです(25頁)。

日本語がわからないのに翻訳してしまうなんて、日本人にはなかなか理解に苦しむところですが、ともあれアメリカの翻訳事情なんてのはこんなものだったのです。おそらくは、『ドラゴンボール』も似たような状況下で訳されたのでしょう。そうでなければ、こんなことにはなっていないはずです。

『ドラゴンボールZ』が北米で翻訳されたのが1999年(日本で原作が終了してから4年もたって、ようやく翻訳されたのだから、いかに日本アニメの北米進出が遅れていたかがわかります)。『ガッチャマン』よりは20年もあとですが、それでもこのサイトによれば、当時の日本語学習者数は全米でわずか3万人強。あくまでこれは学習者の数なので、日本語が「理解できる人」となったらほとんどいなかったのではないでしょうか。そのため、せいぜい「日本語を勉強した」程度の人が翻訳に当たり、結果的にこうなったのではないかと考えられます。

日本を代表する『ドラゴンボール』が、こんなひどい翻訳をされてしまったというのは悔しいことですが、それでも爆発的人気を得たというこの事実に、鳥山明先生とアニメーターの力のすごさを感じます。

当時は日本語学習者数もまだまだ少なかったわけですが、以前お話しましたとおり、日本語学習者数は年々増えております。そして、その半分はアニメとマンガがきっかけで日本語の勉強を始めているのです。

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↑世界における日本語学習者数の推移

かつて、あんなにも外国語に無関心で、日本語がわからないのに翻訳してしまっていたアメリカ人ですが、今では以前紹介した北米版『けいおん!』のように、実に忠実な翻訳をするようになりました。『ドラゴンボール』も、2009年放送開始の『ドラゴンボール改』では、まともな翻訳が行われました(詳細はこちら

アニメを見る。日本語を学ぶ。その人たちがより日本オリジナルに忠実な翻訳をする。それを見た人がさらに日本に興味を持ち、日本語を学ぶ。この繰り返しが、今アメリカでは始まっているわけですね。マンガとアニメは、アメリカ人の外国語学習感までをも変えようとしているのかも知れません。日本発のもので、今一番世界の人々の心に影響を与えているのは、間違いなくマンガとアニメだと思います。

今アメリカの otaku は、吹き替えではなく出来るだけ日本語で理解しようと努力しているようですが、日本で洋画を見るときも、原語で理解できると、吹き替えや字幕ではわからなかった深みが理解できて面白いですよ。

ではまた!


  
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