【アメリカ】日本マンガのタラコ唇の黒人は黒人差別か!? アメリカ版『ドラゴンボール』

前回『ドラゴンボール』ミスター・ポポがアメリカは黒人に対して差別的だと見なされた、という話をしましたが、他のキャラクターはどうなっているのか、という質問があったので調べてみました。


↑7巻


↑7巻


↑14巻

やっぱり唇が直してあります。2枚目、3枚目は分かりづらいですが、唇にもトーンを貼って、唇が強調されないように修正してあります。これを見ると、黒人の唇を厚く描くことが問題なのではなく、唇を強調することが問題だということがわかります。





前回の記事を執筆した時、

「実際に黒人の唇は厚いだろ、どこが差別だ」

「人種の特徴を表現するのと侮蔑的に描くのは違う」

「アメリカ人は自分たちが差別しているから、日本人も黒人を差別する意図があると決めつけるんだろ」

などの意見が多く寄せられましたが、そういう問題ではないということがうかがえます。

実際に黒人の顔を見てみれば、唇が比較的厚い人は少なくありませんが、漫画のように、顔は真っ黒だけど、唇だけ白く目立っているような人は実在しないことがわかります。


↑『ブラック・ジャック』19巻
肌が黒く唇が強調してある。


このような表現は戦後すぐの『ジャングル大帝』などから見られます。手塚治虫が戦後直後に直接黒人を知っていたはずはないので、この黒人の肌を真っ黒にして唇を白く大きく描くのは日本漫画が独自に生み出したものではなく、やはりこれはアメリカにおける黒人イラストの表現を踏襲したものでしょう。



必ずしも差別的なイラストじゃなくても、この表現はアメリカでは当たり前のように行われていて、一時期絶版にまで追い込まれた『ちびくろさんぼ』も、ストーリーには差別的な表現は見られませんが、キャラクターの描き方は、この真っ黒の肌に唇だけが強調される描き方がされています。手塚治虫の黒人表現は、このような絵本などの表現を踏襲したものでしょう。

(※指摘があったので断っておきますが、手塚治虫が『さんぼ』を真似したなどと言っているのではありません。この黒人の描き方は『さんぼ』にも見られるように、差別意識の有無にかかわらず当時は当たり前に見られたステレオタイプであり、手塚治虫はこのようなステレオタイプ表現に触れて、それを踏襲したのだ、と述べているのです。手塚治虫が「クロ」だなどと言っているのではなく、当時は黒人とかアフリカとか言えばこのようなイメージが当たり前だったのですから、手塚治虫がそのイメージを使用するのは当たり前のことです)



『さんぼ』の作者にも、鳥山明や手塚治虫にも差別的な意図があったとは思えませんが、黒人差別に用いられていたイラストの表現を踏襲するということは、作者の意図に関わらず、黒人からすれば不快であり、「差別的表現」と受け止めるのもいたしかたないところでしょう。

この「分厚い唇だけ色が違って目立つ黒人」は、「眼鏡で出っ歯の日本人」のように、人工的に作られた表現であり、海外で描かれる「眼鏡で出っ歯の日本人」を日本人が不快に思ったり差別的と見なしたりするのと同様に、作者の意図に関わらず、黒人差別的と見なされることがあるわけです。

昔はこのような表現が踏襲されていましたが、最近のマンガでは、黒人の唇を厚く描く場合でもこのような極端な表現はなされていません。これならば、きっとアメリカでも差別的とは見なされないでしょうね。


↑『MAJOR』57巻


この手の問題は、人種的な特徴を描くこと自体が問題なのでも、作者に差別的な意図があるかどうかが問題なのでもないので、そのイラストや漫画単独で見ても理解できません。歴史的文脈で考える必要がある、ということですね。

描かれた時期の問題もありますし、表現の自由の問題もありますから、なにをどこまで直すか、そもそも過去になされたそのような表現を修正することが問題解決になるのか、単に臭いものに蓋をしているだけじゃないのか、封殺するのは逆に差別的じゃないのか、など様々な意見があると思いますが、どのような表現が、どういう歴史的文脈の下、どうして差別的だと見なされているのかということは、日本人も知識を持っておく必要はあるでしょうね。

ではまた!

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