マドモアゼル・クラピカ! フランスではクラピカは女だった! 男と女(の敬称と人称代名詞)の話をしよう
久しぶりに再アップロードではない普通の更新です。待っていた人も待っていなかった人も、お待たせしました。
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さて、クラピカと言えば、『HUNTER × HUNTER』の主要キャラだったはずなんですが、「グリードアイランド編」以降10年間出番なしという状態が続いています。休載が多すぎるせいで本当に10年たってしまいました。冨樫仕事しろ。……と言いたいところなんですが、『幽☆遊☆白書』の最後の冨樫センセの壊れっぷりをリアルタイムで見ていた世代である私はあんまり強くそんなこと言えないのであった。
そのクラピカ。連載が始まったとき「男なのか女なのか」というのがファンの間では議論を呼びました。どうも結局は男らしいのですが、私も初登場のとき女だと思っていました。(私はハンター一次試験で上着を脱いだときに胸がまっ平らだったので男と認識しました)

↑性別不明なクラピカさん
日本語版では一度も男か女かの言及がないので読者はクラピカが男女どっちかわからなかったのですが、実は外国では明白なのです! こちらをご覧ください。

↑日本語版
これは第1巻のシーンですが、これのフランス語版を見てみましょう。

↑フランス語版
MLLE. KURAPIKA
Mlle. とは Mademoiselle (マドモアゼル)、英語の Miss に当たる語の略です。そう! 「マドモアゼル・クラピカ」、つまりフランスではクラピカは女なのです! 「クラピカ殿」の「殿」を Mademoiselle と訳してしまったっぽい。(「殿」って女性にも使えるのかな?)
これだけだったら、「まだクラピカは本当は男なんだけど、女に間違えられただけ」という言い訳が立ちそうです。しかし、次のシーンをご覧ください。

これがフランス版ではこうなっていました。

Je suis sûre que non.
この台詞、英語にすれば I am sure it isn't. なんですが、英語と違いフランス語では形容詞も男女で異なります(日本語のような「男言葉」「女言葉」ではなく、男女で文法的に冠詞や形容詞の形が異なります)。例えば He is good. は Il est bon. で She is good. だと Elle est bonne. になります。この台詞も、男の台詞だったら Je suis sûr. になるはずなのが、Je suis sûre. と女性型の形容詞を使っています。つまり、フランス版クラピカは女性言葉で話しているわけで、フランス版ではクラピカの性別は完全に女性になっているのです!
日本語ではあまり人称代名詞や男女で異なる敬称を使ったりしないし、形容詞が男女で異なったりもしませんが、その辺にこだわるヨーロッパ語では翻訳の際にこういうことが時々起きます。日本のマンガには『らんま1/2』のうっちゃんのように「男と思っていたら女だった!」みたいなキャラクターは山ほどいますが、ヨーロッパ語だとその辺を上手く隠しながら翻訳するのは相当困難であると思います。
というわけで、今回は日本語と外国語の人称代名詞や敬称の話をしてみたいと思います。めんどくさそうな話に思われるかも知れませんが、お気楽に日本語と外国語の違いや翻訳の難しさを見てちょっと「面白いな」と思ってもらえれば嬉しいです。
今回使うテキストはこちらの12冊!

『鋼の錬金術師』(日・米・台) 『HUNTER x HUNTER』(日・仏)
『聖☆おにいさん』(日・仏) 『DRAGON BALL』(日・米)
「どうやってこんなに海外版を手に入れるんだ?」と疑問に思われた方はこちらの記事を参照してください。ちなみに今回のテキスト、『ハガレン』と『DB』の英語版はamazon.co.jpで、『ハガレン』台湾版はヤフオクで、『HxH』仏語版は紀伊国屋で、『聖☆おに』仏語版はamazon.frで手に入れたものです。
さて、英語を勉強したてのころ、日本語では主語も目的語も省略できるのに、英語ではいちいち主語や目的語を言わなければならないのが面倒だと感じた人はけっこういらっしゃるのではないでしょうか。慣れてくると逆に主語や目的語があるおかげで文がわかりやすいと感じるようにもなりますが、初級段階ではよく主語や目的語がない英作文をしてしまうものです。また、英作文する際に、動物に he, she, it のどれを使えばいいのかで悩んだという経験の持ち主もいらっしゃるかと思います。主語や目的語、特に人称代名詞の使い方の違いは、日本語と英語が全く違う言語であるということを学習者に痛感させる、最初のステージではないかと思います。(I enjoyed myself. なんて日本語じゃ理解できんもんなあ)
(私事で恐縮ですが、私は昔留学中 He と She が上手く発音できなくて困りました。He と言っているつもりなのに She と聞こえるらしいです。中高では一度も指摘されたことがなかったのに、なぜか現地では最初しょっちゅう指摘されました。今では直りましたが、なんで He と She なんて近い発音なんでしょうね。もっと別の音にしてくれればいいのに)
日本のマンガではわざと主語を言わないことで読者をミスリードするような展開は数多いですが、英語などのヨーロッパ言語ではなかなか難しいです。
その例として『鋼の錬金術師』を見てみましょう。

↑第1巻113頁
ここで主人公の兄弟エドとアルは師匠(せんせい)の話をして、自分たちがやってきたことが師匠にばれたら殺されると恐れおののいています。
そして、5巻の師匠初登場シーン。師匠の家に行って、出てきたのは包丁を持った巨大な男。

↑師匠に会いに行ったら、恐ろしい顔の大男登場!
「師匠」と聞けば普通日本では男を想像しますし、エドやアルが恐れていることからも、屈強な男であろうと読者は自然と想像します。そして師匠の家に行って、この大男が2ページも使ってもったいつけて出てきたとき、「この恐そうな男がエドとアルの師匠なのか!?」と思い、次回へ続く!となって、次の号の発売日をワクワクしながら待つわけです。(ここで次回に続くあたりが上手い)
そうしたら、次の回で実はこの大男は師匠の旦那で、師匠は女性であったことが判明します。

↑師匠登場!
大男が師匠かと見せかけるというミスリードがなされているために、エドとアルが恐れている師匠が実は女性だったと判明したとき意外性がより高まり、読者は驚かされるわけです。古典的ですが大変上手い演出だと思います。
ところが、英語版ではこれが全く効果を発揮していないのです! 英語版第1巻の同じシーンをご覧ください。

She'd kill us.
そう。英語版では第1巻の時点で She と言ってしまっているために、師匠が女性であることがバレバレになってしまっています。なので5巻で大男が出てきたときに「これが師匠か!?」と思うことなく、英語版読者はこの大男が師匠じゃないとわかってしまうのです。作者荒川弘が考えたせっかくの上手いミスリードが英語版では台無しになっているわけですね。難しいとは思いますが、She'd kill us. の代わりに We'd be killed. などを使って、何とか師匠が女性であることを隠して翻訳して欲しかったものです。
似たような現象は中国語でも起きていました。下は、師匠の家に行ったとき最初に師匠の旦那の肉屋の従業員が案内してくれたシーンです。

↑日本版5巻114頁
先日ネットオークションで台湾版を手に入れたのですが、台湾版ではこうなっていました。

↑台湾版の同じシーン
ご覧のとおり、「イズミさん」(注:師匠のこと)の「さん」を「小姐」(おねえさん。英語の Ms に相当)と訳してしまっているために、師匠登場前から師匠が女性であることがわかってしまい、大男登場のミスリードが意味のないものにされてしまっています。やはり、なんとか上手に訳して欲しかったものです。
このように、日本語でせっかく上手くやっていた演出が、海外版では台無しになっているということは珍しくありません。やはり、海外の作品は出来る限り原語で読んでみたいものですね。
また、『ドラゴンボール』ではちょっと面白いことが起きていました。言うまでもなく英語では男には he、女には she を使いますが、虫や動物、赤ん坊など男女どちらかわからないときには it を用います。それで、フリーザには he が使われているのですが、セルには it が使われているのです。

↑左:日 右:米 フリーザは he で呼ばれる


↑上:日 下:米 セルは it で呼ばれる
セルは虫扱いなのか何なのかわかりませんが、男女不明らしいです。フリーザも十分男女不明だと思うんですが。まあコルド大王が「息子」って呼んでるシーンがあったから男なのかな? しかしセルの it は読んでてどうも違和感がありましたね。(ちなみに、人造人間16号は完全なロボットなのに he なんだぜ)
もう1つ、『ドラゴンボール』から人称代名詞で面白かったシーンを。クリリンが人造人間18号を助けようとしたシーンです。ベジータとクリリンの使っている人称代名詞に注目して下さい。

↑左:日 右:米 人称代名詞に注目
ベジータは18号を it で呼び、kill(殺す) ではなく destroy(破壊する) を使い、 alive(生きている) ではなく functional(機能している) を使っています。ベジータは18号を完全に単なる機械と見なしています。一方でクリリンは18号相手に she を使っていて、クリリンは18号を人間だと見なしているという違いが明白になっています。日本語と照らし合わせると、この翻訳は正確かというとあまり正確じゃないかもしれませんが、ベジータとクリリンの態度の違いが日本語版以上に明確になっていて、面白い翻訳だと思います。
最後にもう1つだけ見てみましょう。今度は二人称のお話。
日本語は一人称に「オレ」「僕」「私」など、二人称に「君」「お前」「あなた」など数多くの人称代名詞があり、相手との関係により使い分けねばなりませんが、英語の場合は I と you のみです。また、日本語の二人称は対等以下の関係でないとめったに用いられず、目上の人間や、対等の関係でもあまり親しくない場合には、「あなた」「お前」などの二人称の代わりに「○○さん」とか「先生」とか「教授」とか、名前や地位、職業を代わりに用います。例えば田中先生に向かって生徒が「あなたはどう思いますか?」と聞くことは決してなく、「先生はどう思いますか?」のように聞くのが普通。一方、英語では絶対に What does Mr. Tanaka think? ではなく What do you think? となります。(オーストラリア人に聞いたところによると、Mr. Tanaka に向かって What does Mr. Tanaka think? というと、まるで幼稚園児のしゃべり方のように聞こえるらしいです)
こういうのが外国の英語学習者にはものすごく難しいようでして、うっかり先生に you のつもりで「あなた」と言ってしまい、先生に「むむっ?」という顔をされるというのはよくあることのようです。それどころか、中国人が「貴様」をその漢字から尊称であると勘違いして、教授に向かって「貴様はどう思いますか?」と言ってしまったという笑い話も聞いたことがあります。ですので外国人の日本語学習者は、二人称を使わず全て名前や職業を用いるのが無難でしょうね。
この日本語の特徴を使った面白いシーンを見てみましょう。『聖☆おにいさん』第3巻。ブッダとイエスがファミレスに長居していたシーンです。長居していることを気にするイエスに、「ゆっくりなさってください」という店員。そして彼女はイエスとブッダの2人にこう告げます。

「お客様は 神様ですもの」
ここで店員は三人称(一般名詞)として「お客様」という言葉を使っているわけですが(英語で言えば "Customers are gods.")、ブッダとイエスは二人称(人称名詞)として「お客様」と言われたと間違え(英語で言えば "You are gods.")、正体がばれたと驚きます。つまり、ここでは「お客様」が三人称(一般名詞)と二人称(人称名詞)のどっちの意味でもとれるダブル・ミーニングになっているわけですね。
このシーン、外国語ではどう訳されているのでしょう。フランス版『聖☆お兄さん』(フランス名 "Les vacances de Jesus & Bouddha")ではこうなっていました。

"Chez nous, les clients sont des dieux."
英語に直せば "Customers are gods here."(「ここではお客様は神様です」)です。決して誤訳でもなんでもないのですが、日本語と違い、英語やフランス語では一般名詞を二人称(人称名詞)のように用いることはないので、日本語が持っていた二人称と三人称のどっちとも取れる雰囲気はなくなっており、イエスの「人違いです」という台詞も、あまりキレイに文脈が繋がってはいません。こういうのを見るたびに、「ああ、完全な翻訳って不可能なんだな」と思わされます。
外国語版のマンガやアニメで、このように日本語のニュアンスが上手く出ていなかったり、逆に日本語以上に上手い表現になっていたりするのを見つけると、実に面白いです。
しかし、やはり日本語以上に上手い表現になっていることはめったにありません。当然、外国の作品を日本語で見てもその面白さが伝わらないことは大変多いです(私はちゃんと読んでないんですが、『ハリポタ』の和訳も結構批判がありますね。人気作の翻訳に批判が出るのは宿命なんでしょうけれど)。翻訳も面白いですが、やはり原語で読むのが作品を楽しむ一番いい方法だと思います。「英語は世界語」なんていいますが、やはりそれぞれの言語の味わいを大切にしていきたいものですね。
「MANGA王国ジパング」は、これからも日本語を大切にしつつ、外国語の修練に励んでいきたいと思います。
ではまた!

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さて、クラピカと言えば、『HUNTER × HUNTER』の主要キャラだったはずなんですが、「グリードアイランド編」以降10年間出番なしという状態が続いています。休載が多すぎるせいで本当に10年たってしまいました。冨樫仕事しろ。……と言いたいところなんですが、『幽☆遊☆白書』の最後の冨樫センセの壊れっぷりをリアルタイムで見ていた世代である私はあんまり強くそんなこと言えないのであった。
そのクラピカ。連載が始まったとき「男なのか女なのか」というのがファンの間では議論を呼びました。どうも結局は男らしいのですが、私も初登場のとき女だと思っていました。(私はハンター一次試験で上着を脱いだときに胸がまっ平らだったので男と認識しました)

↑性別不明なクラピカさん
日本語版では一度も男か女かの言及がないので読者はクラピカが男女どっちかわからなかったのですが、実は外国では明白なのです! こちらをご覧ください。

↑日本語版
これは第1巻のシーンですが、これのフランス語版を見てみましょう。

↑フランス語版
Mlle. とは Mademoiselle (マドモアゼル)、英語の Miss に当たる語の略です。そう! 「マドモアゼル・クラピカ」、つまりフランスではクラピカは女なのです! 「クラピカ殿」の「殿」を Mademoiselle と訳してしまったっぽい。(「殿」って女性にも使えるのかな?)
これだけだったら、「まだクラピカは本当は男なんだけど、女に間違えられただけ」という言い訳が立ちそうです。しかし、次のシーンをご覧ください。

これがフランス版ではこうなっていました。

Je suis sûre que non.
この台詞、英語にすれば I am sure it isn't. なんですが、英語と違いフランス語では形容詞も男女で異なります(日本語のような「男言葉」「女言葉」ではなく、男女で文法的に冠詞や形容詞の形が異なります)。例えば He is good. は Il est bon. で She is good. だと Elle est bonne. になります。この台詞も、男の台詞だったら Je suis sûr. になるはずなのが、Je suis sûre. と女性型の形容詞を使っています。つまり、フランス版クラピカは女性言葉で話しているわけで、フランス版ではクラピカの性別は完全に女性になっているのです!
日本語ではあまり人称代名詞や男女で異なる敬称を使ったりしないし、形容詞が男女で異なったりもしませんが、その辺にこだわるヨーロッパ語では翻訳の際にこういうことが時々起きます。日本のマンガには『らんま1/2』のうっちゃんのように「男と思っていたら女だった!」みたいなキャラクターは山ほどいますが、ヨーロッパ語だとその辺を上手く隠しながら翻訳するのは相当困難であると思います。
というわけで、今回は日本語と外国語の人称代名詞や敬称の話をしてみたいと思います。めんどくさそうな話に思われるかも知れませんが、お気楽に日本語と外国語の違いや翻訳の難しさを見てちょっと「面白いな」と思ってもらえれば嬉しいです。
今回使うテキストはこちらの12冊!

『鋼の錬金術師』(日・米・台) 『HUNTER x HUNTER』(日・仏)
『聖☆おにいさん』(日・仏) 『DRAGON BALL』(日・米)
「どうやってこんなに海外版を手に入れるんだ?」と疑問に思われた方はこちらの記事を参照してください。ちなみに今回のテキスト、『ハガレン』と『DB』の英語版はamazon.co.jpで、『ハガレン』台湾版はヤフオクで、『HxH』仏語版は紀伊国屋で、『聖☆おに』仏語版はamazon.frで手に入れたものです。
さて、英語を勉強したてのころ、日本語では主語も目的語も省略できるのに、英語ではいちいち主語や目的語を言わなければならないのが面倒だと感じた人はけっこういらっしゃるのではないでしょうか。慣れてくると逆に主語や目的語があるおかげで文がわかりやすいと感じるようにもなりますが、初級段階ではよく主語や目的語がない英作文をしてしまうものです。また、英作文する際に、動物に he, she, it のどれを使えばいいのかで悩んだという経験の持ち主もいらっしゃるかと思います。主語や目的語、特に人称代名詞の使い方の違いは、日本語と英語が全く違う言語であるということを学習者に痛感させる、最初のステージではないかと思います。(I enjoyed myself. なんて日本語じゃ理解できんもんなあ)
(私事で恐縮ですが、私は昔留学中 He と She が上手く発音できなくて困りました。He と言っているつもりなのに She と聞こえるらしいです。中高では一度も指摘されたことがなかったのに、なぜか現地では最初しょっちゅう指摘されました。今では直りましたが、なんで He と She なんて近い発音なんでしょうね。もっと別の音にしてくれればいいのに)
日本のマンガではわざと主語を言わないことで読者をミスリードするような展開は数多いですが、英語などのヨーロッパ言語ではなかなか難しいです。
その例として『鋼の錬金術師』を見てみましょう。

↑第1巻113頁
ここで主人公の兄弟エドとアルは師匠(せんせい)の話をして、自分たちがやってきたことが師匠にばれたら殺されると恐れおののいています。
そして、5巻の師匠初登場シーン。師匠の家に行って、出てきたのは包丁を持った巨大な男。

↑師匠に会いに行ったら、恐ろしい顔の大男登場!
「師匠」と聞けば普通日本では男を想像しますし、エドやアルが恐れていることからも、屈強な男であろうと読者は自然と想像します。そして師匠の家に行って、この大男が2ページも使ってもったいつけて出てきたとき、「この恐そうな男がエドとアルの師匠なのか!?」と思い、次回へ続く!となって、次の号の発売日をワクワクしながら待つわけです。(ここで次回に続くあたりが上手い)
そうしたら、次の回で実はこの大男は師匠の旦那で、師匠は女性であったことが判明します。

↑師匠登場!
大男が師匠かと見せかけるというミスリードがなされているために、エドとアルが恐れている師匠が実は女性だったと判明したとき意外性がより高まり、読者は驚かされるわけです。古典的ですが大変上手い演出だと思います。
ところが、英語版ではこれが全く効果を発揮していないのです! 英語版第1巻の同じシーンをご覧ください。

She'd kill us.
そう。英語版では第1巻の時点で She と言ってしまっているために、師匠が女性であることがバレバレになってしまっています。なので5巻で大男が出てきたときに「これが師匠か!?」と思うことなく、英語版読者はこの大男が師匠じゃないとわかってしまうのです。作者荒川弘が考えたせっかくの上手いミスリードが英語版では台無しになっているわけですね。難しいとは思いますが、She'd kill us. の代わりに We'd be killed. などを使って、何とか師匠が女性であることを隠して翻訳して欲しかったものです。
似たような現象は中国語でも起きていました。下は、師匠の家に行ったとき最初に師匠の旦那の肉屋の従業員が案内してくれたシーンです。

↑日本版5巻114頁
先日ネットオークションで台湾版を手に入れたのですが、台湾版ではこうなっていました。

↑台湾版の同じシーン
ご覧のとおり、「イズミさん」(注:師匠のこと)の「さん」を「小姐」(おねえさん。英語の Ms に相当)と訳してしまっているために、師匠登場前から師匠が女性であることがわかってしまい、大男登場のミスリードが意味のないものにされてしまっています。やはり、なんとか上手に訳して欲しかったものです。
このように、日本語でせっかく上手くやっていた演出が、海外版では台無しになっているということは珍しくありません。やはり、海外の作品は出来る限り原語で読んでみたいものですね。
また、『ドラゴンボール』ではちょっと面白いことが起きていました。言うまでもなく英語では男には he、女には she を使いますが、虫や動物、赤ん坊など男女どちらかわからないときには it を用います。それで、フリーザには he が使われているのですが、セルには it が使われているのです。


↑左:日 右:米 フリーザは he で呼ばれる


↑上:日 下:米 セルは it で呼ばれる
セルは虫扱いなのか何なのかわかりませんが、男女不明らしいです。フリーザも十分男女不明だと思うんですが。まあコルド大王が「息子」って呼んでるシーンがあったから男なのかな? しかしセルの it は読んでてどうも違和感がありましたね。(ちなみに、人造人間16号は完全なロボットなのに he なんだぜ)
もう1つ、『ドラゴンボール』から人称代名詞で面白かったシーンを。クリリンが人造人間18号を助けようとしたシーンです。ベジータとクリリンの使っている人称代名詞に注目して下さい。


↑左:日 右:米 人称代名詞に注目
ベジータは18号を it で呼び、kill(殺す) ではなく destroy(破壊する) を使い、 alive(生きている) ではなく functional(機能している) を使っています。ベジータは18号を完全に単なる機械と見なしています。一方でクリリンは18号相手に she を使っていて、クリリンは18号を人間だと見なしているという違いが明白になっています。日本語と照らし合わせると、この翻訳は正確かというとあまり正確じゃないかもしれませんが、ベジータとクリリンの態度の違いが日本語版以上に明確になっていて、面白い翻訳だと思います。
最後にもう1つだけ見てみましょう。今度は二人称のお話。
日本語は一人称に「オレ」「僕」「私」など、二人称に「君」「お前」「あなた」など数多くの人称代名詞があり、相手との関係により使い分けねばなりませんが、英語の場合は I と you のみです。また、日本語の二人称は対等以下の関係でないとめったに用いられず、目上の人間や、対等の関係でもあまり親しくない場合には、「あなた」「お前」などの二人称の代わりに「○○さん」とか「先生」とか「教授」とか、名前や地位、職業を代わりに用います。例えば田中先生に向かって生徒が「あなたはどう思いますか?」と聞くことは決してなく、「先生はどう思いますか?」のように聞くのが普通。一方、英語では絶対に What does Mr. Tanaka think? ではなく What do you think? となります。(オーストラリア人に聞いたところによると、Mr. Tanaka に向かって What does Mr. Tanaka think? というと、まるで幼稚園児のしゃべり方のように聞こえるらしいです)
こういうのが外国の英語学習者にはものすごく難しいようでして、うっかり先生に you のつもりで「あなた」と言ってしまい、先生に「むむっ?」という顔をされるというのはよくあることのようです。それどころか、中国人が「貴様」をその漢字から尊称であると勘違いして、教授に向かって「貴様はどう思いますか?」と言ってしまったという笑い話も聞いたことがあります。ですので外国人の日本語学習者は、二人称を使わず全て名前や職業を用いるのが無難でしょうね。
この日本語の特徴を使った面白いシーンを見てみましょう。『聖☆おにいさん』第3巻。ブッダとイエスがファミレスに長居していたシーンです。長居していることを気にするイエスに、「ゆっくりなさってください」という店員。そして彼女はイエスとブッダの2人にこう告げます。

「お客様は 神様ですもの」
ここで店員は三人称(一般名詞)として「お客様」という言葉を使っているわけですが(英語で言えば "Customers are gods.")、ブッダとイエスは二人称(人称名詞)として「お客様」と言われたと間違え(英語で言えば "You are gods.")、正体がばれたと驚きます。つまり、ここでは「お客様」が三人称(一般名詞)と二人称(人称名詞)のどっちの意味でもとれるダブル・ミーニングになっているわけですね。
このシーン、外国語ではどう訳されているのでしょう。フランス版『聖☆お兄さん』(フランス名 "Les vacances de Jesus & Bouddha")ではこうなっていました。

"Chez nous, les clients sont des dieux."
英語に直せば "Customers are gods here."(「ここではお客様は神様です」)です。決して誤訳でもなんでもないのですが、日本語と違い、英語やフランス語では一般名詞を二人称(人称名詞)のように用いることはないので、日本語が持っていた二人称と三人称のどっちとも取れる雰囲気はなくなっており、イエスの「人違いです」という台詞も、あまりキレイに文脈が繋がってはいません。こういうのを見るたびに、「ああ、完全な翻訳って不可能なんだな」と思わされます。
外国語版のマンガやアニメで、このように日本語のニュアンスが上手く出ていなかったり、逆に日本語以上に上手い表現になっていたりするのを見つけると、実に面白いです。
しかし、やはり日本語以上に上手い表現になっていることはめったにありません。当然、外国の作品を日本語で見てもその面白さが伝わらないことは大変多いです(私はちゃんと読んでないんですが、『ハリポタ』の和訳も結構批判がありますね。人気作の翻訳に批判が出るのは宿命なんでしょうけれど)。翻訳も面白いですが、やはり原語で読むのが作品を楽しむ一番いい方法だと思います。「英語は世界語」なんていいますが、やはりそれぞれの言語の味わいを大切にしていきたいものですね。
「MANGA王国ジパング」は、これからも日本語を大切にしつつ、外国語の修練に励んでいきたいと思います。
ではまた!


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この記事へのコメント
語尾(~でゲソ・~でしょう・~だZE)
オノマトペ(メメタァ)
地獄過ぎるだろう
DBの18号に対しての扱いとかは上手い翻訳だと感心しました
そういえば「貴様」って当初は尊称だったらしいですね
戦後に無礼な言葉として認知されるようになってしまったとか
だから中国の人の勘違いもあながち間違いではないけど、現在で「貴様」って言われたらムム?っ思いますね。確かにw
ところで「お客様」は「二人称か三人称か」というより、「人称名詞として使うか一般名詞として使うか」の違いと言った方が正確ではないかと。
ネトゲのFF11をやってるとパーティを組んだ時、英語圏の人はプレイヤー名で話しかけてくる
対して日本人同士だと「戦士さん」「ナイトさん」「黒さん」とキャラのジョブで話しかける
ご指摘ありがとうございます。少し修正しました。
いつもはちゃん付けなのに
>>いつもはちゃん付けなのに
面白いwww
椅子とか女性だしよくわからん
こういう翻訳の違いって面白いですね
フランス語やイタリア語やドイツ語もそうだよ。
クロロ捕まえるとこで女装していることが話題になったはずだし。
なんで違いがでるんだろうね。
ゴンとキルアは男ってわかるとして、そんなに差が無いのにね。
すくなくともクラピカ自身は性別をごまかしてるわけではないですし
男性口調の女性ならてもかく逆はねぇ、、
>>日本語版でいえば「~ですわね」「~だわ」って言ってるわけで
ここで言ってるフランス語の「女性言葉」は日本語の「口調」とは異なるよ。クラピカは「~だわ」というしゃべり方をしているわけじゃなく、フランス語では口調の問題じゃなくて文法的に男女で形容詞の形が違うんだよ。(男性名詞、女性名詞ってのがあって、それによって形容詞や監視の形が決定される)
だから、どんなに男勝りの女性でも、女っぽい男でも、女性である以上は女性形の形容詞になるし、男性であれば男性形の形容詞になります。なのでクラピカは「~だわ」と話しているオカマちゃんということはありえなくて、形容詞が女性形である以上、女性でしかありえないんです。
巻や章によって訳語が違ったり、話のつじつまが合わなくなってたり
鋼錬は読んだ時から英語版どうすんだろと思ってたw
語尾が -a が女性、 -o が男性。(それ以外は覚える)
人名も同じ。もちろん例外もあるが。
場面によってはこいつ男だろうか女だろうかってのがある。
ネイティブには名前で予想つくんだろうが。
作品をちゃんと読んでいて意図を解した人ならこういうとこにちゃんと気を使うはず
フランスでは -a で終わる名前は少ないようだが
そのほとんどは女性だった。
だから Kurapika も女性名と判断したのではないだろうか?
日常会話でも誤解されることがよくありますね
グローバル化が叫ばれる世の中だけど、日本人の帰るアイデンティティとして日本語だけは失いたくない
豊かな表現とそれを認識できる感受性は、古代から磨かれてきた賜物
理由は現代劇で使える子供の一人称で性別誤魔化せるのがなかったとか映倫のせいとか言われてるけどもったいない
漢詩や短歌、西洋の詩なんかは決して本来のニュアンスで翻訳する事は出来ない
外国語で知るってのが絶対必要ですわ
ニュアンスも含めた完訳なんて無理だろう。
でもクラピカには女であってほしいです‥
クロロ捕まえるとこで女装してたのは他の人たちに姿をばらさないためでは?