台湾レポート1 台湾で神社に行ってきたよ

台湾に行ってきました(単なる観光旅行です)。今回から数回、台湾と日本とマンガについてのレポートをしたいと思いますが、紹介したいことが多すぎて、何回かかるかわかりませんし、現在多忙でどれだけ頻繁に更新できるかわかりませんが、是非お付き合いください。台湾版のマンガやアニメの話ももちろんしますよ。

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ご存知の通り、台湾は1895年から1945年までの丁度50年間日本領でした。当然、当時の教育を受けた人は今でも日本語を流暢に話すことが出来、李登輝元総統は京大出身で、彼の流暢な日本語を聞いたことがある人も少なくないことでしょう。日本は、現地に日本と同様に学校を建て、インフラを整備し、そして台湾人を日本人にするため、日本語や神道を持ち込み、神社を数多く建てました(この辺の事情について、政治的良し悪しについては言及しませんので、皆さんもコメント欄では政治的主張は避けてください)。

こんなブログをやっていることからもわかるかと思いますが、私は外国そのもの以上に、外国と日本の繋がりとか、外国が日本をどう見ているかということに多大な興味を持っています。今回の台湾旅行でも、日本統治時代の名残を探してみました。今回は、台湾に残る神社を紹介したいと思います。

まず、桃園縣忠烈祠という場所に行ってきました。ここは元桃園神社という神社で、現在では台湾の為に殉死した烈士が祭られているようです(こういうのを「忠烈祠」というらしい)。

桃園国際空港から高速鉄道(日本の新幹線技術や車両を、ほぼそのまま使ってる)の桃園駅から台湾鉄道の桃園駅に行き(高速鉄道の桃園駅と、台湾鉄道の桃園駅が別の場所にあると知らず、迷っちゃったぜ)、タクシーで現地に向かいました。

現地に着くと、


鳥居!


石灯籠!


手水舎!


狛犬!




拝殿!


そして本殿!



↑拝殿から鳥居側を撮ったもの

イエーイ! まさに神社じゃないか! 外国とは思えないぜー! 外国で見る神社に大はしゃぎの私。椰子の木の南国に神社があるこの不思議な感覚がたまらんぜ。
鳥居の形が少しおかしいのは、戦後大陸からやってきた反日的人々(外省人)に対し、台湾人(内省人)が「これは神社じゃないんですよ」とごまかして保存するために、笠木(鳥居の一番上の横棒)を取っ払ってしまったかららしいです。情報提供ありがとうございました。

でも、中には見慣れないものも。



神社に馬なんていたっけ? 説明書きがあるので読んでみると…


↑説明書き

「銅馬」としか書いてない…。だれか、この馬が何なのかわかる方教えてください。
(※すみません、けっこう日本でも馬の像ってあるのね…。自分の近所の神社に無かったから、全く頭に入ってなかったです)

日本のような、日本じゃないような不思議な感覚に興奮しながら、桃園神社を後にしました。

次なる目的地は金瓜石にある黄金神社! 名前がすごいですが、金瓜石は台北からバスで1時間少しの距離にあり、かつてここには金山があったらしく、日本統治時代はなかなかの賑わいを見せたらしいです。日本の皇太子を向かえるための御殿も残っていたのですが、それはまた次回にでも紹介します。

黄金神社には、大国主命金山彦命猿田彦命が冶金の守護神として祀られていたらしいです。しかし、ここは桃園神社と違い、もはや鳥居だけしか残っていませんでした。しかし、それでもサザえもんはわくわく、わくわく(アラレちゃん風に)。この金瓜石は金山だったので、言うまでも無く山ばかり。神社は長い階段を登っていかねばなりません。「黄金神社」の表示を見つけ、喜々として階段を登ります。


↑階段の下の表示


↑石灯籠は残っていました(※前を行く人はサザえもんではありませんよ)

しかし、ここで突然の大雨! 台風が近づいているのです。急いで階段を駆け上がるサザえもん。


↑鳥居だ!


↑さらに進むともう一つ鳥居!


↑登りきったところ。社殿はもはや柱しか残っていない

メインは取り壊され、鳥居などが残っているのも、保存したというより壊すのが面倒だから残ってるだけという感じですが、かつてここが日本だったということを今に伝えています。

これで2つ神社を見ました。最後に、基隆(キールン)に残る神社を紹介しましょう。

基隆は台北に近い港町で、かつて日本が台湾から引き上げたときも、この港を使ったそうです。あまり大きな町ではありませんが、首都との位置関係から考えれば、横浜に当たるのでしょうか?


↑雨の基隆市。どっかの映画産業中心地で
見たようなサインが…


↑港にある謎のモニュメント


↑夜の港

日本統治時代、日本は台湾の全ての町に神社を創建する政策を採っていまして、基隆市にも基隆神社が作られました。当時は大物主大神、崇徳天皇、天照大神などを祭っていたらしいですが、現在では中正公園という公園になっていて、桃園神社と同じで台湾の為に殉死した人を祭る忠烈祠となっています。鳥居は残っていますが、中華風屋根を被せて「再利用」しているという感じですね。


↑元・基隆神社鳥居
現・中正公園入り口


↑これも元々は鳥居だったらしい

階段を登りきったら、もう日本らしさは感じられませんでした。残念。


↑登りきったら社殿じゃなくこんなものが…。何だこれ?

というわけで、今回は台北周辺の3つの神社を見てみました。日本統治時代、台湾には200もの神社があったらしいのですが、そのほとんどは現存していません。しかし、鳥居のように「かつてここに神社があった」と示すものは所々に残存しているようで、外国で見る日本の鳥居は、遠い町で偶然小学校の友人に出くわすような驚きがありました。

同様に韓国も日本に35年間統治されましたが、台湾ほど日本色を残してはおらず、特に神社はほぼ完全に破壊されてしまったようです。釜山に行った際には、日本が作った家屋が少し残っていただけで、あくまで「日本が作った家屋」であって、「日本家屋」という感じではなかったので残念でしたね。




↑釜山で撮影した日本時代の家屋

桃園神社のように神社がほぼそのまま残っているのは大変珍しいようなのですが、『地球の歩き方』にも紹介されていない穴場です。皆さんも、台湾に行かれる際には、空港からちょっとですので少し足を伸ばして海外で神社に参拝するという不思議体験をしてみてはいかがでしょうか。

次回は、神社以外の日本建築や、あの大監督あの映画のモデルとなった町などを紹介したいと思います。

ではまた!


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この記事へのコメント

 
2012年09月17日 07:29
実家の前にある神社にも、写真とそっくりな銅の馬の像あったけど
一般的じゃなかったのか・・・
名無し
2012年09月17日 08:28
馬の像は近所の八幡宮に全く同じ物が置いてありますよ。
由来は分かりませんが、馬の突き出した膝を撫でてから、その手で自分の体の悪いところを撫でると良くなるという事で、膝の部分だけ物凄くテカってます。
 
2012年09月17日 10:52
最初の神社と後半の神社跡?感覚の違いにびっくりw
kenyu
2012年09月17日 11:26
一から作りなおさず上からかぶせるだけで済ませているのがなんとも中国的ですね。

桃園神社の馬の銅像ですが神馬(しんめ)と言われるものです。
神社に奉納される馬で本来ならば生きた馬を奉納するのですが、馬そのものが高い事や世話が大変であることなどから銅像が奉納されることもあります。
絵馬も元々は神馬を簡易に奉納するためにできたものです。(現在は願掛けの要素が強く描かれた絵が馬でない場合も多いですが)
なので、当然ですが日本でも見ることができます。大きくないけれども氏子の多い地方の八幡宮などにある場合が多いですね。
菊と刀...じゃなくて、菊と黄金てw
2012年09月17日 11:51
馬があるのは、台湾にある(あった)ほとんどの神社で祭られている(いた)北白川宮能久親王との関係からでしょう。馬に菊花紋章があると書いてあるので、まず間違いないかと。

詳しくはWikipedia等で調べて頂きたいのですが、この親王殿下、時には坊さんであったり、時には朝敵であったり、皇族として復帰されてからは、青い目の嫁さんを貰いそうになったりしていますが、その実態はものすごく軍事に秀でて豪傑な殿下だったようですね。

あと、馬の説明文の英語と日本語がかなりアレですね。MartyrがCartyrになってたり、菊はChrysanthemumなのに、カモミールというキク科には属するが別の植物になってたり。アレなのは、皇室との関係をボカすためにワザとやってんですかね?
 
2012年09月17日 12:18
>高速鉄道の桃園駅と、台湾鉄道の桃園駅が別の場所にあると知らず、迷っちゃったぜ
大阪駅と新大阪駅みたいですねw

馬は神馬かな?
うちの田舎の神社にも昔は居たけど、どうしてもお世話が大変で、最近は鋳造した神馬を奉納していますね。
田舎の神社も今では写真のように鋳造された神馬が奉納されています。
台湾新幹線ができたころの旅人
2012年09月17日 13:10
李登輝さんが大総統になるまで、光復以前の日本統治を懐かしむようなことはタブーだったので、神社の取り壊し等、随分行われたようですね。
光復以降に入台した所謂外省人による破壊と、日本統治を受けた本省人の保護の鬩ぎ合いがあったようです。桃園神社の鳥居は上部を取り除き、日本の鳥居とは関係ないと言い張り残したものと聞きました。嘉南大圳の八田與一さんの銅像も、破壊されそうになったので、本省人がずっと隠していたということを、直接現地の方から伺いしました。台湾には辻々に祠が多くありますが、中にはパッと見では判らないように隠した鳥居を祀っているものもあります(日本人だというので、守の方が教えて下さりました)。統治時代を知る人は少なくなりはしましたが、本当に興味深い土地だと思います。
黒輪伯仔
2012年09月17日 21:14
>あの大監督のあの映画のモデルとなった町

あの 町 ですね。
自分はあの町と基隆はあの映画よりもずっと前に見た
候孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「悲情城市」のイメージが強いです。
この映画はある一家を中心に終戦から2・28事件、白色テロに至るまでを
淡淡と描いた作品で、それまでタブーとされてきた2・28事件を初めて
取り上げた映画です。戒厳令解除間もない1989年に製作されました。
“悪い”日本人が出ないし、自分が持っていた少しばかりの台湾の知識
(しかも自虐史観まみれ)と違いが多く、台湾に興味を持つきっかけになった作品でもあります。SENSの音楽も良いです。
 
2012年09月17日 22:32
こんなのも、悪いシナリオに進めば一年も経たないうちに
壊されちゃうなあ(´・ω・`)
 
2012年09月18日 02:18
もし日本統治時代に日本が台湾へ行ったことの良し悪しをコメントで語ってほしくないなら、みんなが知ってる歴史をわざわざブログで取り上げてことさら言及することも必要ではない気がします
全体としてこの文章がなくてもブログ主さんの言いたいことは伝わってますし
私の実家は祖父の時代から台湾と関わりがありますが、台湾が日本の近くにあってくれたことを心から感謝してます
 
2012年09月19日 12:32
神社、誰も居なくて随分寂しげですね・・・
興味持たれてないのかな
こびたん
2012年09月20日 23:34
神社なんて日本でも閑散としていますがな。
 
2012年09月21日 11:50
神馬だろう。
平安時代からあるよ。
最初は本物の馬を奉納してたけど
難しくなってきたから、代わりの像とか、絵馬に変わったんだよ確か。
普通にそこらへんの神社にあるよ。
ピピン板橋
2012年09月27日 23:59
黒輪伯仔さんが述べている候孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の作品ならば、童年往時も台湾への理解を助けてくれると思います。
日本家屋に住んでいた監督の自伝的作品です。