悪名高き北米版ナウシカ『Warriors of the Wind』の内容を検証してみる 後編

前回北米版『風の谷のナウシカ』の悪名高き北米版『Warriors of the Wind』の概要を紹介し、噂ほどひどくはないと述べました。では実際どんなものなのか、どのシーンがカットされたのかを主に紹介しながら解説していきましょう。日本版『ナウシカ』をお持ちの方は、改めて一度視聴して内容を確認後この記事を読まれると、どこがどうカットされて、どんな感じの映画になっているか想像しやすいと思います。

なお、この記事の前に、必ず前編を読んでおいてください。そうじゃないと、カットされた理由とか1985年という時代背景とかわからないと思うんで。


↑パッケージはとにかく酷い。どこがナウシカやねん

とりあえず、最初に復習事項として、主人公たちの名前ですが

ナウシカ → Zandra
クシャナ → Salena
アスベル → Milo
ペジテ → Placeda
腐海 → Toxic Jungle
王蟲 → Giant Gorgon
巨神兵 → Fire Demon


となっています。Zandra, Salena, Milo, Placeda については英語人に発音しやすいためだろうし、腐海は Toxic Jungle にしても問題ないだろうけれど、王蟲が Giant Gorgon ってのは何なんだろう。Gorgon ってゴルゴンのことだよね? なんでこんな名前にしたんだろう…?


↑Giant Gorgon と本家 Gorgon。全然似てないと思うんだが

巨神兵が Fire Demon ってのもどうよって思うけど、『ドラゴンボールZ』の北米吹き替え版で魔貫光殺砲が Special Beam Cannon になってたのに比べれば、まだましだと思う。


「スペシャル・ビーム・キャノン 受けてみろー!」

余計な話はそこまでにして、内容確認に行きましょう。ビデオを入れて…。ガー…(ビデオが回る音)。

あ、1985年のVHSなんで、画面サイズが4:3になってますね。以下の記事で、4:3の画面はアメリカの "Warriors of the Wind"、16:9の画面は『風の谷のナウシカ』の画面だとお思いください。


冒頭シーン

ユパが腐海に飲まれた町を訪れるシーンはそのままです。

そして「世界のどこかにて…今から千年後…」という字幕が入ります。


↑北米版

↑日本版

北米版では日本版にある細かい解説が省かれていますが、それはこの後ナレーションで流れます。そこで「世界中で風が吹くのはただ一箇所だけになってしまい、そこは『風の谷』と呼ばれた」というようなこと言うんですが、そんな設定あったか!? まあ、それは重要じゃないからいいや。

日本版ではここでオープニングテーマが流れるんですが、そこは丸々カット! 時間を短縮したいときは、OPやEDが真っ先に省かれるのは日本でも同じですがではありますが、言い伝えを描いたタペストリーや、巨神兵の映像はカットされていますので、この後巨神兵が登場したとき少々唐突感があります。



↑この辺全部カット

場面は腐海にうつり、タイトルが出ます。


↑タイトル画面

日本版では、この後ナウシカが腐海でのんびりするシーンがあり、ナウシカが腐海に対して恐れを抱いていないことが示唆されるわけですが、その辺は長ったらしいのでカット!


↑ストーリー上必要ないからカットじゃ!(アメリカ版スタッフ)

その後、ナウシカは蟲に追われていたユパを助け、風の谷に戻ります。村に着いた後、日本版ではユパが赤ん坊の名付け親になるというシーンがあるのですが、そこはカットされています。ストーリー上必要ないところは極力カットして尺を短くしてあります。


アメリカ版ユパ「こんなガキ、わしゃ知らんぞい…」

その夜、谷の上空にトルメキア軍の輸送機が現れます。蟲に襲われていて、ついに谷に墜落してしまうのですが、ここで蟲が blood sucker(蛭) と呼ばれていました。あれって蛭なの!?


↑蛭!?

ところで、ネットや宮崎駿関連本で見かける『Warriors of the Wind』の批判で、「蟲が単なる凶暴な悪役として描かれている」というものが結構あるんですが、トルメキアの輸送機が襲われたのは「蟲を殺したから」というのは変わってないですし、ナウシカが傷ついた蟲を殺さずに帰すというシーンもカットされていません。なので、この手の批判は的外れだと思います、私は。

次の日、村人総出で腐海から谷に運ばれてしまった毒を撒き散らす胞子を焼き払いますが、このシーンもカット! このシーンはわずか30秒ほどで、しかもこの後胞子が残っていて大騒ぎになるシーンがあるのでストーリー上必要なはずなんですが、この後ミトが「胞子を全て焼くんだ」というシーンがあるのでカットしてもストーリー進行に差し支えないと判断されたのでしょう。とにかく少しでも尺を短くしたいアメリカスタッフの意気込みが伝わってきます。伝えなくてもいい意気込みだけど。


↑僅か30秒だけどカット。塵も積もれば山となる

この後巨神兵を発見したり、トルメキア軍が攻めてくるあたりは特に変更なし。しかし、問題はこの次。

ナウシカが人質としてペジテに連れて行かれる前の夜、ユパはナウシカの秘密の地下室を見つけます。そこでは、ナウシカが腐海の植物を育てていましたが、きれいな土と水で育てたそれらの植物は毒を出していません。ナウシカは腐海そのものが毒を出しているのではなく、汚れているのは土であることを発見していたのです。しかし、このシーンは丸々カット! 


↑ばっさりカットされたナウシカの腐海植物栽培

これは、後でナウシカが「腐海は、人間が汚してしまった土や水を綺麗にする浄化作用がある。腐海は世界を守っている」と考えるようになるきっかけになるのですが、このシーンがカットになったことで、腐海は文字通り単なる Toxic Jungle になったわけです。

こうしてエコロジカルなテーマや、現代文明に対する皮肉的なメッセージはなくなっています。『ナウシカ』ファンがこの北米版を糾弾するのは、主にこういった理由からですね。

そして出発の朝が来ます。日本版では女の子たちがナウシカに「チコの実」というのを渡すシーンがあるんですが、そこもカット。ストーリー進行に必要がないシーンは、出来る限りカットして尺を短くしようとしています。オリジナル版のファンからすれば、細かくカットしていくアメリカスタッフに対して怒りも涌きそうですが、逆に言えば、この辺までカットしているのは、このカットが世間で批判されているような内容改竄のためではなく、実際にはあくまで尺の関係でのカットであった証拠と言えると思います。

(全然関係ないですが、今「ちこのみ」を変換しようとしたら「血好み」って出た。怖い)


↑こんな名前もついてないガキいらん!(アメリカ版スタッフ)

この後、アスベルに襲われて墜落するあたりはカットなし。王蟲の巣に堕ちてしまい、「すぐに出発する」と指揮を執ろうとするナウシカにクシャナが発砲し、「命令は私が下す!」と息巻くきます。そこで日本のナウシカは「あなたは何をおびえているの」と、自然の巨大さの前に怯え虚勢を張るクシャナをたしなめるんですが、アメリカ版 Zandra (ナウシカ)は Salena (クシャナ)に "I don't think you're as evil as you pretend to be."(あなたは悪いふりをしているだけだわ)と言います。こういったセリフの変更の意図はよくわかりませんが、おそらくは、「自然の巨大さと小さな人間」ということを示唆する、子供にはわかりづらいセリフより、「敵にも心を開く優しいザンドラ姫」という感じの子供にも理解しやすいセリフにしたかったものと思われます。

この程度のセリフの変更は時々見つけられますが、『カリ城』のように「改竄」とまでいかず「改変」程度のレベルですね。これくらいのセリフの変更なら今でも日常茶飯事です。


↑敵にも優しいザンドラ姫

そこに王蟲が現れ、ナウシカは敵意がないことを示そうとします。日本版では王蟲が触手を伸ばしナウシカがそれに包まれ、草原や大木の幻想を見るんですが、北米版ではその幻想はカット。王蟲は触手でザンドラ姫に触れたら、すぐに触手を離してしまいます。こういう風に、子どもにわかりづらそうなシーンはほとんどカットされています。


↑この辺カット

その後ナウシカはアスベルを助けます。そこで腐海の下に落ちて、子供のころ王蟲の幼虫を助けようとしたときの夢を見るのですが、その夢のシーンはオールカット! 子供にわかりづらいシーンはとにかくカットして、少しでも短くしようとしていますね。


「こんな回想シーン、時間の無駄だぜ!」(アメリカ版スタッフ)

腐海の下に落ちたナウシカとアスベル。そこには瘴気のない綺麗な世界が広がっていたんですが、ここはカットされていません! まあ、ストーリー進行上、腐海の下に落ちてしまったからにはここをカットしたら前後の繋がりがおかしくなるのでカットできなかったんでしょうが、腐海が世界を浄化しているという設定は北米版にはありませんので、このシーンは意味不明になってしまっています。


↑このシーンはカットされていないのに


↑腐海の浄化作用について語るシーンはカットされていたのでストーリーの繋がりが悪い

ついでですが、先ほどナウシカがチコの実を受け取るシーンがカットされてしまったので、当然ナウシカとアスベルが一緒にチコの実を食べるシーンもカットされています。

腐海を脱出し、ついにペジテに到着したナウシカとアスベル。しかし、既にペジテは滅んでいた! 日本版では駐留しているトルメキア軍を滅ぼすために、住民自らが王蟲を暴走させてペジテを滅ぼしているんですが、北米版ではそんな難しい設定はなくなり、単純にトルメキア軍によって滅ぼされたことになっています。なので、日本版ではペジテ軍が落ち着いているのはわかるんですが、北米版では落ち着きすぎていて不自然なことになっています。


↑街が滅ぼされても落ち着いている北米版ペジテ軍

しかし、なんとペジテは蟲の大群を操り風の谷に向かわせ、風の谷ごとトルメキア軍を滅ぼそうとしていた! それを知ったナウシカはあわてて風の谷に引き返そうとするが、ペジテ軍に拘留されてしまう。なお、ここでナウシカが「腐海は世界を守っている」と訴えるシーンがあるけれど、その設定はアメリカ版では消されているので、当然ここでもカット。

ナウシカはアスベルの母に助けてもらい、拘留されていた飛行船から脱出するのですが、そこでペジテの女性たちが「ひどい仕打ちを許しておくれ」などと言って別れを告げるシーンはカット。単に尺を短くするためのカットですね。


↑「ついでにひどいカットも許しておくれ」(アメリカ版スタッフ)

そのころ、風の谷では腐海の胞子の所為で森がだめになり、怒った住民たちはトルメキア相手に反乱を起こしていました。この少し前に、風の谷の捕虜になっていたクシャナが自分が義手であることを見せ、「我が夫となる者はさらにおぞましきものを見るだろう」という有名なセリフを吐くんですが、ここは北米版では "One of them (the Gorgons) attacked me in the Jungle when I was just a very little child.(すごく幼い時に腐海で王蟲に襲われたんだ)" と変わっていました。

当然、日本版のセリフは×××を連想させるセリフですので、子供にはわからないし、わかられても困りますよね。こういう風に、小難しい設定やセリフは出来る限り単純なものに変えられています。クシャナと結婚したら大変だろうなあ…。それにしても、北米版クシャナは、「すごく幼い時」に腐海に入って何してたの!? 


↑「えっちぃセリフは嫌いです」

その後ドサクサにまぎれてクシャナは脱出。トルメキアはその軍事力で谷を圧倒します。

最後の戦いの前にクシャナはナウシカを待ち、「あの娘とゆっくり話がしたかった」などというシーンがありますが、そこもカット。おそらくこのあたりがカットされてしまったのが、北米版のクシャナが「邪悪さばかりが強調」されてしまっていると非難される原因になっているんだと思います(草薙聡志『アメリカで日本のアニメは、どう見られてきたか?』徳間書店、170頁)。実際のところ、あんまそんな印象は受けないんだけどね。


↑可愛くなっちゃったクシャナはカットされた。

また、捕虜になってしまった爺さんたちがクシャナに「火は森を一日で灰にする。水と風は百年かけて森を育てるんじゃ」「わしらは水と風の方が ええ」というシーンがあるのですが、ここもカット。やっぱり自然主義的なニュアンスのシーンはほとんどカットされていますね。


↑「わしらはアメリカ版より日本版の方がええ」(日本のファン)

さらに、子供たちとオババの「風がやむなんて初めて」とか「大気が怒りに満ちておる」ってのもカット。日本版の1時間32分~1時間35分くらいまでの3分間は丸々カットされています。

この先はエンディングまでカットなしです。巨神兵が出てきて崩れるシーンも、王蟲をナウシカが食い止めるシーンも、最後に王蟲によって生き返るシーンもそのまま。

しかし、エンディングはオールカット。トルメキア軍が引き上げていくシーンも、谷に平和が戻った描写もなし。北米版では、トルメキア軍がどうなったのか、谷がどうなったのかわからないまま終わってしまいます。


↑このシーンから…

↑この辺の描写は無しで

↑いきなりここに飛んじゃう

『Warriors of the Wind』の内容は以上です。いや疲れた。日本版と北米版を2台のデッキで同時に再生しながら、カットされたシーンや翻訳の気になるシーン書き出していく作業は思ったよりも大変でした。

とにかく、お分かりの通り、116分の長い映画をアメリカでのアニメ映画の常識的長さである90分台に収めるために、かなり大幅なカットがなされています。そのほとんどは腐海に関するシーンで、人が汚してしまった世界を腐海が浄化しているという設定は完全になくなり、芋づる式にエコロジカルなシーンやセリフは無くなっています。そのため作品の深みは失われていますね。

確かにスタッフ側やオリジナルのファンからしたら、20分以上ものカットは許しがたいことでしょうが、個人的には、世間で信じられているほどの酷さではないな、という感想です。この記事だけ読むと、あたかも重要なシーンが全てカットされたかのように思うかもしれませんが、実際に残った95分間を見た場合、それでも宮崎作品の魅力はあるていど楽しめるので、恐らく「最悪」「酷すぎる」というような印象は抱かないんじゃないかと思います。やはり「深みが無くなった」程度だと思います。

やはり内容を精査した場合、似たようなという感想を持つ人は他にもいるようで、このサイトで北米版のストーリーを全て細かく書き出していますが、ここでもやはり
"Despite an amount of internet outcry Warriors of the Wind is nowhere near as bad as many would have you believe.
(ネット上にはおびただしい量の批判が存在するが、Warriors of the Wind は、多くの人が信じているようなひどいものとは程遠い)
"

と書かれていました。やはり、この『Warriors of the Wind』に関しては、パッケージのせいでちょっと悪評が伝説化して広まりすぎているような気がしますね。もちろん、酷くないかっちゅったらそりゃ酷いんだけど、1985年という時代を考えれば仕方ないかと思うし、他と比較して格別「最悪」なんてこともないです。この記事じゃ都合上カットされたシーンに注目してますが、逆に残ったシーンに注目すれば、それだけでも十分『ナウシカ』の魅力は残っていて、そんな「許せん!」とはならないんじゃないかと私は思うんです。なので、個人の感想なので怒ってもいいですが、見てから怒って欲しいというのが私の意見です。正直見ずに怒ってる人が多すぎると思う。

『Warriors of the Wind』のVHSは、ネットを使えば現在でも比較的簡単に手に入ります。アメリカアマゾンでも中古が10ドル少しで販売されていますし(こちら)、ebayでも、ほぼ常に出品されています(こちら)ので、興味のある方はご自分の目で確認して、評価をされてみてはいかがでしょうか。まあ、資料的価値以上の楽しみ方はないけれど…。

なお、現在ではノーカットの北米版が出ていますので、ご安心を。


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ではまた!


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